スウェーデン・オランダの認知症ケア ~本人中心の思考によるケア~
建築士会会長 衛藤 照夫


 6月下旬に、スエーデンとオランダの認知症施設を視察した。
認知症の家族を抱える建設会社社長とそのご家族との旅行であった。

まず、ストックホルムで2施設を、ついでアムステルダムで3施設の5施設を視察しての感想は、まず福祉大国のケア制度設計の徹底ぶりに対する驚きである。いずれも、暖かい人間的なケアを実施しているが、その費用も法外なものだ。Hogeweyでは、一人の月額費用はおよそ60万円程度である。しかし、驚くのはこれからで、支払える人は払い、支払えない人の負担は限りなく0に近いという。高福祉、高負担社会だ。日本ではこの高税額では、人は働く意欲を無くすという意見もある。しかし、私達の血税が、個人の収入に応じて明確な目的に公正に使われるならば、それは理解できるようにも思えてしまう。
次に驚くのは、極めて人間的な認知症者に対する取組みである。つい最近、新聞でフランスのユマニチュードとよばれる認知症看護手法が紹介されたが、そこには高度な科学的・人間学的思想が展開されている。この地も同様で、取組みの一端を2つの施設に即して紹介したい。


①シルビアホーム Silviahemmet
ストックホルム郊外の本施設は、シルビア王妃(現)が寄贈した建物を使い、民間の財団が認知症ケアの資格の教育、資格付与などを行っている。ケア施設も持つが、本来は資格者の育成を中心としている。ここでは、認知症を患う方が安心して暮らせるモデルルームを見せてもらう。

   
住宅の食堂には食物の色が浮き出すような食器の使用を
バスルームの便器や照明スイッチは目立つ色を使用
一日の行動が人目でわかる絵解きの一日カレンダー

  ハード的な工夫と共に、認知症ケアのフィロソフィーを聞く。それは『どのようなレベルの人も尊厳ある人生を歩める』というもので、そのための次の4の重要な事項が挙げられている。
① スタッフ、親族のチームワーク
② 本人中心の思考
③ 本人を中心にコミュニケーションを創造する
④ 関係する人々が同じ情報と考え方を持つ
これらは、認知症ケアに取り組む人々が根源的に知らなければならない基本事項でもある。
前提として、認知症は完治させることはできないが、良い対応があり、これを実行することで、本人に尊厳ある人生を歩めることの支援ができるという信念である。 逆に言うと、多くの支援者が間違った認識からの支援を実施しているということでもある。



②ホーグヴェイ Hogewey
ユニット型の住居(各階にユニットがある)
2階部分のユニット玄関が見える

 アムステルダム郊外にあるこの施設は、認知症村と呼ばれていて、日本でも評判の施設だ。
事務所を通り抜けるような道筋で施設に入る。5千坪ほどの敷地内には、スーパーマーケットやレストラン、美容室などがあり、奥の住宅部分は低層のオランダの田舎町のような雰囲気で入居者が思い思いに往来を楽しんでいる。「伝統的オランダの生活」や「アクティブな都市生活」などさまざまなテーマをもつ、6,7人の居住者ユニットが23あり、全員で152人が暮らしている。この町には、これらの居住区に?がる、美容室やクラブハウスなどが立ち並ぶメイン通りがあり、居住者は自由に安全にこの町の暮らしを楽しんでいる。もっとも、スーパーマーケットで欲しいものを自力で購入できる能力を保持している居住者は現在一人だけとのこと。
しかし、多くの人々が車椅子や杖をついて穏やかに町中を歩いている。外界への出入りは、事務所にあるカウンター前を通ることになり、自然な形で出入りをチェックされている。逆に、訪問客や町の店舗利用者などは事務所に断って中に入ることができる。


スーパーマーケット
キオスクのある本通
事務所の内部のような玄関

 人は、自由な行動を制限され、また、理解できない行為を強制されると不安になり攻撃的になる。認知症を患う人々が入浴を拒んだり、食事を拒否したりして大声を上げ、暴力を振るうのは、このような原因があるという。Hogeweyでは、居住者は穏やかに暮らしている。薬の処方もかなり少ないとのこと。強制、束縛のないその人らしい暮らしが実現されている。

認知症施設は終末ケアなのだ。残された記憶や考える能力を最大限に引き出し、しかも尊厳ある人生を送りきること。ここでの体験は認知症を超え、人の一生について大きな示唆をあたえてくれるものであった。