設計コンセプトConcept

高齢者

これからの特別養護老人ホームのスタンダードを考える
「入居者の建築」から「入居者+介護者の建築」へ

砂山 憲一

高齢者や障害者の住まいや日常を過ごす場所の建築は、利用者の尊厳を尊重し、プライバシーが守られ、各自の思いに沿った生活を送れるものが良いとされ、多くのモデルが作られてきました。最近の高齢者や障害者の建築計画は、利用者の暮らしやすさだけではなく、介護者・支援員の物理的・心理的な働きやすさも重要な要素だと考えられるようになってきました。

福祉の現場で起こっている住まいの環境、仕事環境の変化は建築計画を変えていきます。

①利用者と介護者がともに過ごす環境としての質の向上の要請
手助けをおこなう介護者の精神状態は高齢者や障碍者の生活に大きく影響することから、介護者が気持ちよく介護できる環境づくりが不可欠です。

②介護のリスクマネジメントへの対応が急務
転倒をはじめとした介護事故への対応が事業者・介護者に求められています。ストレスの多い介護現場において事故のリスクを減らすためには、介護方法の工夫だけでは限界があり建築からの提案も必要になっています。

③利用者の身体状況の重度化、認知症高齢者の増加
利用者の身体状況の重度化・重度の認知症高齢者の増加は、介護者の身体的・精神的負担の増大に直結します。重度化に対応できる建築プランやディテール、設備が必要とされています。

④福祉人の職場から一般的な職場への移行
介護職の需要が急増するなかで、専門技能・経験が十分でない人が従事する現場も増えています。マンパワー不足をカバーする建築プラン・設備への移行が求められています。

このような福祉の現場の変化は、特養の現場でも起こっており、特に利用者の重度化、認知症による生活自立度低下が大きな変化要因となっています。これらの変化には、利用者の使いやすさと、介護者の働きやすさの双方から対応を検討していかなくてはなりません。

 

2006年設計の特養と2015年設計の特養の違い

京都府福知山市の特養豊の郷は2006年に設計を行い、その後2015年に2ユニットの増築設計を行いました。2015年の建物の設計に際して、既存建物に関する介護者や利用者の意見の聞き取りを行い、利用者の重度化など環境の変化を踏まえて検討しました。この両者のユニットを比べると、特養建築が変わってきていることがよくわかります。

 

■既存棟ユニットプランの特徴

既存棟は2ユニット1グループのプランの初期の例です。サークル状のユニットをつなぐ廊下に面して、2ユニット1グループが3グループ配置されています。2ユニットはスタッフルームでつないでいますが、スタッフルームで繋ぐ方法は初期のつなぎ方でその後はあまり採用しないパターンとなっています。

浴室は1ユニットに一つ個浴(介護浴槽タイプのユニットバス)を設けていますが、ユニットによって浴槽の種類を変えることは行っていません。その後2ユニットに一つミクニリフトを設置し、重度化への対応を行っています。

■既存棟使われ方調査結果

ゆう設計で設計した特養は、定期的に使われ方調査を行っています。下の図表が2018年4月の調査結果です。

既存棟の定員は特養5ユニット50名+ショート10名の合計60名です。使われ方調査は特養50名を対象に実施しました。利用者の身体状況は平均要介護度が3.7、車いす利用者が66%、寝たきりの方が13%となっています。認知症の方は98%おられ、そのうち日常生活自立度がⅢa以上の重度の方が72%を占めています。他の特養においても利用者の100%近くが認知症の方です。
機械浴はユニット外にあり、51%の方がユニットから出て機械浴へ通う状態です。
居室内トイレを採用していますが、おむつ使用の方は28%、トイレ使用の方は72%です。トイレ使用の方のうち自立して使用できるのは1人でその他は介助が必要です。

 

■増築棟ユニットプランの特徴

増築棟では2ユニットを2か所で繋ぐループタイプを採用しています。最近の特養計画では2ユニットをループ状で繋ぐケースが増えています。ユニットのつなぎ方は施設の介護方針により、様々なタイプがありますが、この施設では玄関側のサブスタッフルームとユニット奥側の浴室の前室で繋いでいます。浴室は入居者の身体状況に合わせて選択できるよう2種類の入浴機種を設置しています。

■増築棟使われ方調査結果

利用者の身体状況は平均要介護度が3.4、車いす利用者が50%、寝たきりが4%、認知症の割合は100%(Ⅲa以上40%)となっています。2ユニットを2か所で繋いでいることは介護者にとって使いやすく、特に夜間の見守りが便利になったとの感想が聞かれました。

 

■職員の休息について

2018年4月の調査では各特養の介護者の働きやすさに関するヒアリングも実施しました。介護職員の方が休息をどこで行うかは、数パターンに分かれます。

①ユニット内での休息か、ユニット外か
②ユニット内の場合はスタッフルームで行うことが一般的

③ユニット内は利用者が近くにいるため休息にならないという意見と、ユニット外では利用者のことが気になって、休息にならないという反対の意見がある

この他多くの施設の介護者から出てきた意見に、休息室では一人になれないので、自分の車に戻って休息するというものがありました。個人の自由になる時間が過ごせる場所があって初めて休息になるという考えの人が増えているからでしょう。

 

重度化、認知症の方の増加
働く方の働きやすさなどを考慮した特養提案

続いての事例の特養は、開設時から「皆で暮らす」をコンセプトに平屋建ののびやかな空間の中で、高齢者の生活を支えてこられました。開設後30年以上が経過した今、老朽化の対応と少人数で過ごすことを目的に建て替えを計画しました。これからの時代にふさわしいものが何か、ゆう建築設計としての提案を以下のように考えました。

■建築計画のポイント

①見守りしやすいプラン
見守りのしやすさはこれからの特養の大きなテーマです。見守りしやすいプランは、見られる生活を意味します。各事業者の考えをお聞きするところから建築設計が始まります。また、建築プランだけではなく、進歩する機器の利用も有効な手段となってきました。

②個人の生活と、介助を受けて暮らすこと
ユニットで少人数で暮らす場合も、集まり共同で生活することに変わりはありません。個人の生活と介助者の手助けを受けて暮らすことの接点をどのように考えるかで建築計画は変わります。

③介護単位と生活単位
10人以下の少人数の生活単位が制度的に決められていますが、夜間の介護を2ユニット一人で行うことができるようになってから、実質の介護単位が20人となっている特養もあります。新設特養の中には最初から職員さんのシフトも20人の利用者を介護単位として計画するところもあります。今後は介護単位と生活単位という検討も必要となります。

④外部活動の可能性
利用者の重度化は、庭など外部へ出ることも難しくしています。建築計画は、外部の庭や菜園の利用のしやすさ、外部へ出られない方へは光や風を感じることができる生活空間が求められます。

⑤社会とのつながり
暮らすことは社会とつながることです。行動範囲が狭くなる高齢者にとって、特養内で行われる様々な行事や、訪問してくれる方たちとの触れ合いが大事になります。車いすや寝たきりの方にも参加できることを可能にする建築が必要です。

⑥建築コスト
建築計画ではプランとともに、コストが重要な要素です。求める機能とコストの検討がプロの建築設計者に求められています。

 

2ユニットプラン

■ユニット計画

①共同生活室
■内部と外部を一体的に使用
・1階は中庭に直接出ることができ、行事の際など外部と一体的に使用することができます。
・2階、3階はベランダから中庭を望むことができます。

②居室
■居室面積
・居室面積は施設基準の10.65㎡を超える、内法面積11㎡以上を確保しています。
・居室の扉はベッドの出し入れが可能な有効寸法を確保した計画とします。

■設備機器
・居室内の空調はルームエアコンを採用します。
・口腔ケアとあわせて、家族などの来客が訪れた際に居室内で軽食がとれるような洗面を各居室に設置します。

③湯上り・談話・打ち合わせコーナー
■2ユニットをつなぐ空間
・2ユニットをつなぐ空間を夜勤職員の申し送りなど職員の情報共有の場となるよう計画します。
・脱衣室に面しており、入浴後に中庭を眺めながら一服する湯上りスペースにもなります。

④汚物処理・洗濯室
■ユニット内で完結した感染対策
・感染物を他ユニットに出さずにユニット内で処理することが可能となるようユニットごとに汚物処理室を配置します。
・全ての階でユニット玄関を通らず共用廊下に接続する感染物搬出計画とします。

・各ユニットごとに清潔用洗濯機、汚物用洗濯機、職員用洗濯機の3台を設置します。
・1階の共用洗濯室は業務用洗濯機を設置します。
・シーツ類の洗濯は業務用洗濯機を使用することを想定しています。

⑤中庭
■開かれた地域交流の場
・ 農園として野菜を栽培したり、七夕や夏祭り、餅つき大会などの行事を開催する場となります。
・入居者や施設職員だけでなく、地域の人々が訪れ、交流する、開かれた場となるよう計画します。

 

■2ユニット1グループのつながり方

ユニット間での水周りの共有や、浴槽の選定・プランのつくり方は、ユニットの連携方法を決定付ける重要なポイントです。

今回の計画では、2つのユニットはそれぞれ単独の玄関をもちますが、ユニットの間に、湯上り・談話・打合せコーナー・水周りなどの共有ゾーンを設置しています。それぞれのユニットから出入できる「湯上り・談話・打合せ」コーナーは、お風呂上りの休息の場として、吹抜けを通じて中庭の様子を眺めたり、他方のユニットの入居者とおしゃべりを楽しんだりすることができます。この湯上りスペースから2種類の浴室を利用することができます。

このつなぎ方を選択するまでに多くのパターンを検討しています。最後まで選択に迷ったプランは右上図です。この二つのプランの違いはループ状につなぐかどうかという点です。ループ状で繋いだプランは、夜間に2ユニットを一人で見守るときに移動しやすいことと、共同生活室やユニットをつなぐ廊下がすべて中庭に面していて、二つのユニットを見渡し確認することができることです。見守りという点では右上図の案が優れていますが、欠点は中庭空間が狭く気持ちの良い場所になりにくいことです。今回の計画では中庭に菜園を作り、外へ出にくい方たちも利用しやすい外部空間を作ることも目標でしたから、中庭が1方向に開放された案を採用しました。採用案でも見守りしやすいように、キッチンからはすべての居室ドアが見えるような配置にしています。

これまで、ユニット内に、できるだけ個人の居場所を作ろうと、入り組んだプランのユニットを作ることも多くありましたが、この計画では重度化や認知症を考え見通しのよさを優先しました。

ループ案の一例

特養ユニットで囲まれた中庭  各ユニットの共同生活室から眺めることができ、様々な行事に対応可能

■ユニット間での浴室の共有の考え方

入浴介助は、介護者にとって重労働であり介護スキルを必要とします。利用者にとって体をきれいに保つということは最低限の欲求であり感染対策のためにも重要な行為です。

 2つのユニットの中央に二種類の浴槽を設けることで入居者の身体状況に応じた入浴を行うことが可能となります。浴槽は、三方介助浴とリフト浴を各フロアに設置します。3階建ての中間フロアである2階には、重度化に対応できる仰臥位浴を設置します。入浴介助をスムーズに行うために、洗面台は脱衣室内には設けず、脱衣室前の湯上がりスペースに設けました。入浴後の身支度や髪を乾かす場として、入浴スケジュールを気にせずにゆっくり利用することが可能です。

各脱衣室は、車椅子またはストレッチャー等からの移乗介助が十分可能な広さを確保しています。特養では、仰臥位浴槽を利用しないと入浴ができない入居者は、約1割と言われています。2階に設けている機械浴室の脱衣室は、隣接した介護浴室と扉を開放することで一体利用が可能となります。また、個別の脱衣室は、将来的に移乗介助でリフトを採用することになった場合でも、天井走行リフトや、床走行立位補助リフト等を使用することも可能です。

2つのユニットの浴室が一ヶ所にまとまることで、入浴介助時の緊急対応として隣の入浴介助者との連携が容易になります。できるだけ衣類の着脱は利用者自身でできるよう、脱衣室には立位補助用の手すりを設置します。

1階平面図 三方介助浴とリフト浴を各フロアに設置

2階平面図 重度の入居者にも対応できる仰臥位浴を設置

多くの特養では仰臥位浴を使用する方は多くありませんので、施設全体で1か所の場合がほとんどです。今回の計画でも数としては仰臥位浴は一つですが、仰臥位浴をどこに設置するかが検討ポイントでした。仰臥位浴を利用する方は寝たきりの方など身体の状況が良くない方が多く、そのような方にユニットから出て廊下を移動してもらって入浴するのはおかしいのではと思い、別の階から仰臥位浴が設置された階のユニット浴室へエレベーターから直接行けるようにしたプランが右図です。

結果としては採用しませんでしたが、この考えをさらに発展させてまた別の計画では提案したいと思っています。

EVの出入口から直接ユニット内浴室にアクセス可能

■介護浴槽の選定

2ユニットで共有する浴室は、入居者の多様な身体状況に応じて選定できるように、異なるタイプの介護浴槽を配置することが望ましいです。

今回の計画では、より重度の方に対応するリフト浴と、自力での立位が可能な方に対応する三方介助浴を選定しています。また特養全体が利用できる仰臥位浴槽を2階・特浴室に設置しています。設置する浴槽や機器は様々な製品が開発されていますから、利用者の身体状況にあったものでかつ、今後の変化に対応できる浴槽を選ばなければいけません。

リフト浴(左)入浴用キャリー(右)

三方介助浴(左)仰臥位浴(右)

■ユニット内トイレ         ~リフト導入を考慮したトイレ寸法~

今回の計画では、ユニット内トイレは共用トイレとしています。これからの特養では、トイレへの移動介助も含め、介助なしでは難しい方が大半となることが予想されます。

配置に関しては、日中を過ごす共同生活室からスムーズに移動できる配置とし、かつスタッフ配置上、同時使用しても介助が困難でない数を検討し、3箇所としました。

居室内トイレは、介助なしの移動による転倒事故が起こりやすいというデメリットもあります。共用トイレとすることで、見守りや介助のもと、トイレを使っていただく想定としています。そのうち1ヶ所は床走行式立位補助リフトを利用しトイレ移乗介助が可能な広さとしています。端座位が可能な方であれば床走行式立位補助リフトの使用が可能なので、スタッフの負担軽減、腰痛対策にも繋がります。

床走行式立位補助リフトの検証風景と床走行式立位リフト

床走行式立位補助リフト用トイレ1と共用トイレ2の寸法

■利用者負担軽減の工夫       ~耐火木造の採用~

建設コストの低減は、利用者負担の低減につながるため、重要なポイントとなります。今回の計画では、建設コストが低減できる可能性の高い3階建の耐火木造の計画とすることで鉄筋コンクリート造・鉄骨造に比べ、工事費を約1割減らすことができると見込んでいます。

これまで木造耐火建築は、民間が開発した大臣認定工法のみでしたが、平成30年に公布された国交省告示により、一般的な工法、コストで木造の耐火建築物が建築できることが可能となりました。

当社設計の耐火木造建築 京都木材会館

当社設計の耐火木造建築 アシックスコネクション東京

■個を尊重した職員休憩スペース

働きやすさには身体的な負担だけでなく、精神的な負担も大きく影響しています。職員11人が休憩時間を有意義に過ごすことができる休憩スペースを計画します。

職員休憩室はユニット外に配置しています。担当ユニットから離れ、外部の空気を吸うことで気持ちの切り替えを促し、休憩の質を高めます。

休憩室の内部にはカウンターテーブルを設けるなど、1人でも落ち着いてくつろぐことができる設えとします。