設計コンセプトConcept
障害者
Ⅰ 障害者のすまい 特性への対応とすみやすさを求めて
砂山憲一
建築設計から見た「すまいと特性」
障害者のすまいを計画するには、使う人の特性に合わせたものを作ることが大前提となります。
入所施設やグループホームでは特性の似通った方を一つのグループとして扱い、違う特性の方と区別して計画することが多くあります。事業所によっては、特にグループ分けせずに計画しているところもありますが、少数だと思います。
この特性によるグループ分けに基づき、建築設計を行うのですが、設計内容からみた対応は、必ずしもこのグループ分けと一致しているわけではありません。
この記事ではまず、障害者のすまいに関して、私の思いを説明し、それからすまいと特性への建築側からの考え方を伝えます。
砂山 憲一
A:私の思う「障害者のすまい」
1:すまいは安心できる場所
すまいは障害があるなしにかかわらず、人にとって大きな役割を果たしています。自分の住まいは、その住み手にとって、安心できる場所であり、毎日出ていき帰ってくる場所でもあります。住まいの中でも、もっとも安心できる場所は、ベッドのある寝室です。ベッドでは横たわりますから、その人にとって最も無防備な状態になります。この無防備な状態でも安心していられるのは、そこが物理的にも心理的にも社会から守られていると感じることができるからです。
障害者の入所施設やグループホームでもこの寝室の役割は同じだと思っています。寝る場所である居室の役割を認識しそこに住む人にとってどのような形態が良いか考えなければいけません。
2:「集まりすむ」
自宅で24 時間の支援を受けながら生活している障害者の方の家の改修を計画したことがあります。その時は、その方の特性がどの様な言葉で表されるかということは全く問題ではなく、どのように毎日生活し、不便なところはどこか、交代で常駐する支援員はどのように支援をおこなうかをみて、建築の提案を行いました。そこでは特定の個性を持った個人がいて、その方に合わせた家を作りました。
入所施設やグループホームはこの様な個人のすまいではありません。複数の人が「集まりすむ」住まいです。建築を考える立場からは、この点が重要です。
複数の人たちのすまいでは、個人個人の特性に合わせるのではなく、共通の特性に対応した建築を考えることになります。
支援は一人一人異なる
私はこの場合でも、支援員は支援を一人一人に合わせて工夫し変えていると思っています。
ところが建築は一人一人に変えることは難しく、ほぼできないといってよいでしょう。
居室の床の仕様を利用者が決まってから決められるようにするなど、個人に合わせた設計はこころみていますが、大勢にはなっていません。
3:支援を受けて住む
「利用者の建築」から「利用者+支援員の建築」へ
障害者のすまいは支援員が常にともに生活していることが前提です。
私は、すまいで生活している人とともに、支援員が使いやすく気持ちよく支援できる住まいでなければいけないと思っています。
高齢者でも障害者でも「集まりすむ」人さまざまな個人の部屋のすまいや作業をする場などは、これまで「利用者の建築」でしたが、「利用者+支援員・介護者の建築」でなければいけないと思って計画しています。
支援員が心身ともに気持ちよく支援できることは、住まう人の安心感を高めます。良いすまいとなるための重要な要件です。
ゆう設計では、障害者や高齢者のすまいは利用者だけではなく、介護者、支援者にとっても使いやすい建物を作ろうとしています。
4 :プライバシーと見守りの両立
生活の前提が支援を受けることであれば、プライバシーには制限がかかります。個人の家での住み方は、他人にはほぼわかりません。しかし障害者のすまいでは、常に見守ってもらうことになりますので、誰にも見られていない状況はほぼないといってよいでしょう。
あるユニット型特養を設計した時、事業者から日中、入居者が介護者から見えない場所を作りたいという要望がありました。そのような場所を作ることは、見守りが十分にできなく問題はないのかという私の問いに事業者の方は、利用者の毎日の生活の仕方は把握しているので、見えない場所におられても、何をしているかわかっているので、安全ですと説明してくれました。なるほどと思うとともに、高齢者や障害者が集まってすむことは、直接見ているか見ていないかを超えた見守りの中で暮らすことだと理解しました。
そのような見守られた中でも、一人で過ごすことと見守られていることの両方を可能とする建築を考えなければといけないと思っています。
5:多様さへ建築からできること
障害者のすまいへの建築からの対応の特徴は、特性の多様さにどのように向きあうかにあります。
自閉症、強度行動障害などの大きな括りで表されたグループに住まう一人一人にどのように対応できるか、集まってすむ人たちの特性の標準をどの切り口で整理し、建築で対応するかがポイントです。
多様さを切り捨て、標準化された特性に合わせた住まいを作るのではなく、多様性を生かせる建築のしつらい、特性への対応は後ろに控える感じで、一人一人が気持ちよく、それぞれの住まい方を可能にする建築が求められていると思っています。
6:建築は支援の一つ
支援は一人一人に合わせた方法で行われています。また入居者への向き合い方も事業所によって異なります。
私は建築の役割は、支援される方の支援方法に沿って、それを手助けできる形を作りだすことだと思っています。そのため、施設ごとに異なる提案となっています。
ベースとなる、特性に対応する材料、仕上げ、設備などはすでに多くの検討を経て資料はそろえています。
それらの資料を使って、計画を作りだしていくのは、現場を見て、生活を見て、支援を見て、私たちに何ができるかを考えるところから始めています。
利用者の過ごし方、支援の仕方は皆異なります。支援員の方が一人一人に支援されるのと同じように、私たちの作る建築が、住む人にとって支援の一つになるのだという思いで計画を行っています。
「建築は支援の一つ」なのです。
B:特性と建築
多様な特性を分類し、建築設計を行いますが、各事業者によって特性の分類の仕方、それに伴うグルーピングも異なっています。 支援の仕方は特性によって異なるのでしょうが、建築対応も特性によって異なります。ただし、支援の仕方と建築の対応は必ずしも一致しないというのが、私の思いです。この不一致は支援と建築の向き合い方の違いから出てくるものだと思います。
1:特性を表す言葉
この記事で私は「特性」という言葉を使ってきましたが、入居者や利用者の方の「特性」を私たち設計者へ説明されるときに使われる言葉は、事業者によって様々です。
具体的に想定される個々の利用者の心身の状況を説明する言葉を使われる場合もありますし、強度行動障害、自閉症など、ある程度幅の広い状況の言葉を使う場合もあります。
さらに最重度、重度というような言葉を使う場合もあります。
知的障害の状況を示す言葉は幾つかあります。よく使われるのは障害支援区分です。障害支援区分の認定調査項目(80項目)から区分1 ~6までに分けられていますが、この数字を使って個人やグループの標準的な状況を表そうとします。
また、「知的機能の障害」と「日常生活の障害」により4段階に判断される下記の言葉も使われます。
最重度知的障害
重度知的障害
中程度知的障害
軽度知的障害
これらの言葉は、福祉を専門とする人たちの間では、状況への理解として共通のものがあるのでしょうが、設計者にとっては、より具体的な言葉で説明されるほうが対応しやすくなります。
次に示す例は、既存の入所施設に日中活動の場の増築計画の時に、事業者から利用者の状況を示された言葉です。
この場合は、利用者が特定されていますから、状況を説明する言葉が具体的ですが、新規計画でも想定する利用者像をこの程度までわかっていれば、建築の対応も的確となります。
・ダウン症による急激退行が見られる。
・心疾患を有する。
・対人関係でトラブル有。
・自閉症でこだわりが強い。視覚から入る刺激の制限有。
・てんかん発作有。
・他害あり。
・多動である。
・不穏時は脱衣行為が見られる。
・認知機能の低下がみられ、場所の理解がなく、移動は手引きが必要。
・歩行は問題ない。
・単身での移動は可。しかし躓き転倒しやすい。
・下肢に障害有、移動は車いす。骨粗鬆症のため、転倒に注意。(歩行不可)
この方たちを、事業者は4つのグループに分けて、日中を過ごす計画としました。
Aグループ (単身での移動可)
・比較的穏やかに活動できるグループ
・心身状況:ダウン症、自閉症で拘り、てんかん発作あり、躓き転倒しやすい。
Bグループ(歩行可)
・活動内容は歩行。歩行は単身や手引き支援を受け可能。
・心身状況:多動、脱衣、自閉症、認知機能の低下。
Cグループ(下肢機能に障害有)
・活動内容は主に下肢の機能訓練
・心身状況:下肢障害。てんかん発作、骨粗鬆症。
Dグループ(精神疾患が重く、個別対応有)
・手先の感覚訓練や室内歩行。拘りや精神疾患が顕著に見られ、個別対応が必要。
・心身状況:てんかん発作、他害、視覚刺激に敏感、ダウン症による退行。
これらの具体的な心身の状況を踏まえたグルーピングは建築を計画する時に、建築の方向性を見つけていくうえで非常に役立ちます。
逆に言えば、「最重度」「重度」「軽度」などで説明を受けても建築の形には直接結びつきません。さらに具体的な心身状況をヒアリングして初めて建築設計はスタートできます。
2:支援方法によるグループ化 と建築対応
先のグループ分けについて分析しますと、このグループ分けは利用者の心身の特徴と共に、支援方法にかかわる要素が大きな評価項目となっています。
・個別対応が必要か。
・常に見守りが必要か。
・自力で移動できるか。どの程度の手助けが必要か。
この4つのグループに対して建築はどのように対応するのでしょうか。多くは支援でカバーでき、建築は特にグループ分けにこだわらず設計することも可能です。
しかし建築で対応したほうが支援しやすい項目もあります。
・こだわりのある人はパーティションなどで囲われた個人用の作業場を作る。
・多動の方がいるグループのドアや壁は壊れにくいものとする。
・それぞれのグループの人にとって、トイレ仕様は変える。
・支援員の動きを把握し、死角のないプランとする。
・日中の過ごし方によって、部屋の大きさや形を変え複数の居場所の設定をおこなう。
・動きまわる、横たわる、休むなど、行動に合わせた床材、畳などの小上がりの設定、着座方式にあわせたしつらいとする。
など、グループを構成する人の特性によって建築内容を変えていきます。
3:「福祉から見た特性分け」と「建築から見た特性分け」
このように、障害者のすまいでは、支援の視点からグループ化が図られることが多く、それに対して建築内容をどうするか決めていくことになります。
しかし、特性に対応する建築が福祉側のこのようなグループ分けと一致するわけではありません。
建築設計で検討する項目の一つに壁や建具の壊れにくさの決定があります。
私たちは壁仕様を壊れにくさで三段階に分けています。その部屋を使用する人が壁を壊す程度によって使い分けています。
壁を壊すという行為は、通常施設側のグループ分けを決める要素としては取り上げられてはいません。強度行動障害の方に多いですが、その他の特性分けの中にも破壊行為を行う方はいます。
この様に建築設計から見て、壁やドアを壊す人と壊さない人という分類は行いますが、全体のグループ分けの理由にはなっていません。
さらに破壊という行為の可能性のある人が一人いれば、その人が属するグループが使用する部屋だけではなく、出入りできる部屋すべての壁をどのレベルにするか検討することとなります。
4:変化しにくい建築の特性対応
さらに現在は破壊行為の方はおられない場合でも、将来を考えてその可能性があれば、壁をどうするか考えなければいけません。
この様に、臨機応変に対応できる支援と違い、建築は一度作ればほぼ変えることが難しいものであり、特性に合わせるということが難しい問題を多く抱えていることが分かります。
利用者の特性に応じた、様々な工夫はゆう設計のホームページで公開しています。
これらの研究開発は行ってきましたが、それぞれの計画でどれを使用するかは毎回事業者の方と相談しながら決めています。
C:建築から見た特性対応の具体化
事業者が障害の特性や支援方法からグループ化した人たちに対応する建築は具体的にどのように考えるのでしょうか。
建築設計では、特性に合わせた建物と、作り出される空間の雰囲気の二面を考えなければいけません。
前者の特性に合わせたという条件では、全体プラン、各部屋、ディテール、それぞれのレベルで検討が必要です。
全体プラン
1:特性を考慮した全体プラン
障害者のすまいは大別して、入居施設とグループホームがあります。高齢者のすまいであるユニット型特養では各居室が日中活動室に面しているというプランを縛る法的な規制がありますが、障害者のすまいには全体プランに係るような規制はありません。
そのために様々な形態が可能ですが、私が計画する場合は全体プランを決めるいくつかの要素があります。入所施設の場合を整理します。
①日中の過ごし方
日中の過ごし方はそのグループの特性によって異なってきます。
・就労支援に外部の事業所へ出かける。
・生活介護で外部の事業所へ出かける。
・生活介護で敷地内の別建物へ出かける。
・入所施設内で生活介護を日中活動室で受ける。
・入所施設内の食堂と一体となった部屋で生活介護受ける。
このように、一日の過ごし方がグループによって決まっていることが多く、それによって全体プランが変わってきます。
②見守り方法
障害者の入所者も高齢の方が増えてきて、見守りが重要となってきています。限られた支援員の数で、安心して暮らせるための見守りの方法としやすさがプランを決めていく要素となってきました。
最近の設計例で、日中過ごす場所に隣接して居室を設け、居室のドアは日中開放しておくプランを作りました。この例は疲れて部屋に戻って休む場合も、日中活動室にいる支援員の目が届きやすくするためです。(図1)
③グループの人数
すまいを構成する一つのグループの人数も大きな要素です、これは各施設の考え方によって異なってきます。住む人同士の関係をスムーズにするため、少人数化を試みた例もあります。図2は食堂は大人数で使いますが、居室群は少人数でグループ化した計画です。(図2)
各部屋の特性対応
特性によって部屋の作り方も異なってきます。
①居室
・見守りの程度によって、入り口ドアの形状を変える。
・失便の可能性のある人の部屋は水洗い居室とする。
・窓の形状は外部の刺激へのこだわりによって変える。
②食堂
・原則閉鎖型だが、高齢な方対象であれば開放型も検討する。
図3は閉鎖型食堂を、デイルームと食堂を一体化して使用するように変えた例です。入居者の高齢化によって可能となりました。
・食事前後の手洗い、口腔ケアは特性によって変わる。
・机レイアウトは、盗食、他人へのこだわりなどによって変える。
③娯楽室
・日中の過ごし方によって、オープンなタイプ、少人数で過ごすタイプなど、多様な対応が必要。
④日中活動室
・作業は共同で行えるか、個別が必要かで部屋の形状、備品レイアウトが変わる。
・一旦屋外へ出て日中活動室へ行くかどうかで、部屋の位置を変える。
⑤浴室
・身体の状況によって、浴槽、入浴機器が変わる。
・脱衣室は心身の状況によって変える。
・リフトの検討が必要。
⑥トイレ
・身体の状況によって便器を変える。
・トイレブースの大きさ、形状を変える。
これらは通常設計時に検討する一部を書いています。詳細はゆう設計ホームページをご覧ください。
設計コンセプト
ディテール
①建具
・破壊の程度によって使用する建具は変える。(写真1,2)
②壁
・破壊の程度によって建具の堅牢度合いを変える。
・柔らかい壁、硬い壁の使い分けをおこなう。
・壁仕上げ材は雰囲気を作り出す重要な要素。クロスはがし行為などへの対応も検討。
③窓
・ガラス、アクリル、ポリカーボネートなど窓材料は特性に合わせて選ぶ。
・開放制限をおこなうか、建築の工夫で開放できる窓とするか。(写真3)
④床材
・床に座り込むときは床材の接触温熱感で選択。
・掃除のしやすさ、床材のめくり行為、目地へのツバのこすりつけなどを考慮して選択。
・湿式トイレの床材は、昔のタイルではなく、塩ビ系床材でも対応可能。水洗いの状況によって選択。
⑤失便処理
・居室やトイレでの失便対応の設備を設置するかどうか。(写真4,5)
⑥給水コントロール
・水遊びなどの可能性があるときは、給水をコントロールできる簡単な設備を設置。
ディテールについてはゆう設計ホームページをご覧ください。
知的障害者の特性に合わせたすまいのディテール
D:特性に対応することを基本とするが、個人の住まいを作るのが設計の目的
建築を設計する立場から、住む人の特性に合わせた建物を作るといっていますが、知的障害の重度の程度や内容に対応した住まいが、その住み手に取って、気持ちのよい自分の家だと思える住まいになるわけではありません。
毎日起こる様々な出来事を経て、帰り着く場所として気持ちの良いところとなっているかが重要です。
同時にすまいで顔を合わす人たちとの関係、支援してくれる人たちとの関係は大事です。
すまいの外に広がる景色の、季節による移り変わり、一日の移り変わり、それらをすべて含めて住まいを作っています。
建築は特性に対応するプランやディテールを提供しますが、また建築は生活の場の雰囲気を作りだしています。天井の高さ、壁の色、照明の明るさ、部屋の雰囲気を作りだすものは多くあります。私たちは、そこに住む人の個人のことを知らない段階で設計することが多いですが、住み手の気持ちを考えながら形を作っていきます。そこでは障害の特性ではなく、個性ある人の住まいを作りだしているのです。
ゆう設計の各担当者はそれぞれの思いで障害者のすまいに取り組んでいます。ゆう設計の河井が自分の設計したグループホームの説明で使った言葉です。
「ホッとするホーム」
これが河井の作った障害者のグループホームです。