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障害者
障害特性への建築対応とコスト
1:コストの視点が必要になる
障害者の施設を計画する場合、事業者も設計者も建設に係るコストについてより意識する必要があると考えています。私たちは、障害者の住まいや活動する場所をこれまで多く設計してきました。その建物を使う利用者の特性に合わせて、建物の仕様、プランなどを提案しています。具体的な内容は、ゆう建築設計のホームページに掲載していますし、より詳細な情報はセミナーでお伝えしてきました。
障害者施設の計画は、利用者の住みやすさや支援者の働きやすさに合わせて計画を行います。常に最上の方法を探しますが、その方法にかかるコストによって採用を判断する場合はこれまで多くはありませんでした。事業者や支援者の良いものを提供したいという思いが、そのような計画を実現していったのですが、最近の建築費の高騰や補助金の減少によってコストを考慮した計画が必要となっています。
2:特性対応にかかるコスト
障害特性への建築対応とコストに係るポイントは以下の3点に大別されます。
① 障害特性に係る事項、支援のしやすさに係る事項
・破壊などを防ぐ仕様
・入浴など支援方法の仕様
等
② 障害特性に配慮した生活様式を支える建築計画
・日中活動の場の設定
・ともに住む人の人数
等
③ 一般的に住みやすく気持ちの良い場所を作る要素
・居室の広さ
・明るさや風通し
等
3:障害特性に係る事項、支援のしやすさに係る事項のコスト
グループホームを例に障害特性への対応をした場合と、しない場合でコストがどの程度違うか検証しました。
グループホームに住む人の特性で3種類に分けて作成しています。
知的障害の方、身体障害を重複の方、強度行動障害の方です。この方たちの建築対応にかかるコストを、一般の共同住宅の仕様と比較します。
ここで取り上げている特性と仕様の関係は絶対的なものではなく、実際に利用するであろう人たちの状況や施設の考え方によって変わってきますので、この仕様を採用した場合のコスト比較であると思ってください。
図1:グループホームプラン
仕様の説明 ①外部建具 |
⑧外部フェンス 目隠し |
⑨設備 電気錠 監視カメラ 空調機を隠ぺいタイプにするかどうか |
4:特性対応の度合いでコストが変わる
表1-4で基準値の共同住宅と知的障害者グループホームの特性対応の差額の総額がわかります。
基準となる共同住宅とのコスト差
・知的障害(身体障害重複や強度行動障害でない)方 63,000円/坪
・身体障害重複の方 97,512円/坪
・強度行動障害の方 133,698円/坪
坪80万円程度の住まいであれば、強度行動障害の方用の住まいは、約16%高くなることがわかります。
仕様で一番高いのはフェンスの30,515円/坪ですが、建物に関してみますと、内部建具がとびぬけて費用が掛かっています。26,983円です。
5:特性対応と採用する基準
内部建具をどのような仕様にするかは全体のコストに大きく影響しているのがわかります。建具の仕様は表2でまとめていますが、どれを選ぶか明確な基準があるわけではありません。
また破壊行為も多様です。こぶしを打ち付ける一瞬の破壊もありますし、同じ場所に立ち延々と軽く腰を打ち続けているうちに壁が壊れていくということもありました。
又ある児童入所施設では、児童なので破壊はきつくないだろうという判断で一般仕様の建具を採用したのですが、一人床に寝転んで足でドアをける子がいて、すべてのドアに穴をあけてしまいました。結局すべてのドアを破損対応のドアに入れ替えました。
このように破壊は壁にしても建具にしても一人の方が行えば多くの破損が起こります。穴の開いていない壁や建具にするには、お金をかければ対応できるのですが、そこに住まわれるかたの特性は新築の場合完全に把握できていない場合も多く、どこまで対応するか難しい点です。
6:住みやすさとコスト
「2:特性対応にかかるコスト」 で述べた特性対応の建築計画で後半の二項目は計画によってコストが大きく変わります。
表3は私どもで計画した障害者グループホームの一人当たり面積を比較したものです。
表上部の3グループホームは廊下タイプ、下部2グループホームは中央食堂・デイルームタイプです。一人当たりの全体面積は廊下タイプが中央食堂・デイルームタイプより大きくなっています。居室面積は逆に中央食堂デイルームタイプが広くなっています。これはグループホームの比較表を作って初めて私もわかりました。それぞれの計画は事業者と話し合いながら作りますが、他施設との比較はあまり行っていませんでした。またその違いに伴うコスト比較も行っていませんでした。
障害者施設の計画においては、利用者からダイレクトに希望が出てくることは多くありません。事業者や支援者から考え方をお聞きしますが、このグループホーム表で分類したように廊下型など計画の具体的な形が要望として出てくることほぼないと言ってよいでしょう。私どもは建築計画の複数の考え方を提示し、支援者側でも具体的に考えていただくようにしています。この廊下型と中央食堂・デイルーム型と仮に分けましたが、どちらを取るかで生活の仕方や支援の考え方が変わってくることも確かです。生活の仕方をコストによって決めることはないと思いますが、設計者側としてはその表な視点を持ちつつ計画を進めたいと思っています。
この表に掲載したグループホームの例では、一人当たりの、面積が大きいグループホームは約39㎡であり、小さいものは31㎡です。10人ユニットであれば、面積の差は80㎡(24.2坪)となります。坪100万円の建物であれば、建築費は2420万円違うことになります。
住みやすさに係る項目は多くあります。部材の特性対応とコストほど明確な違いは出せませんが、項目の整理とコストの差の検証はこれから行っていきます。
7:建築費の値上がりと特性対応の採用
施設を新しく作る目的は、利用者の住みやすさと支援者の働きやすさでしょう。その満足度が、コストに大きくかかわっていることはお判りいただけると思います。
建築工事費は社会情勢によって変わります。一方施設収入はほぼ一定です。無制限に建築に費用をかけられない中で、何を選択するかを問われています。事業者も建築設計者もともに真剣に検討し、その事業所にあった答えを見つけなければいけません。
コストを検討する方法にVEという手法があります。特に設計段階におけるVEはコストを適正にコントロールするには有効な手段です。VEは目的とする価値を手に入れるのに一番安い手法を見つけようとする考えです。マンションなどで適用する場合は、価値は得られる家賃という明快なものがあるのですが、福祉施設においては、目的とする価値が数値化できません。利用者の満足、支援者の満足を数値化することはできませんので、設計段階でコストをコントロールすることは難しいのですが、建築特性の程度、住みやすさとコストの考え方を明確にすることによって建築への影響を把握することは可能です。
これからはそういう視点も必要になってくると思っています。
注 この記事で使用している表の整理は、ゆう建築設計の障害者施設を担当する者が行いました。
岩﨑直子 河井美希 竹之内啓孝 清水大輔 田淵幸嗣 木下博人 近藤晃史