作品紹介Works

高齢者

特養 ここのか

 伊藤健一(元社員) 

コンセプト

入居者の方たちがユニットという家で新しい家族になる,という一般的な理想と実際には他人である人たちが共に暮らすという現実を上手に包み込み,利用者に豊かな生活を送ってもらう場所を創りだすことです。 その議論において,「それぞれの自分時間」「生活リズム」「人間関係のリズム」などのキーワードがあがりました。自立支援が「生活リズム」を生み出し,ユニットの形状によって「人間関係のリズム」に寄与し,それらによって利用者に「それぞれの自分時間」が流れる場所を創ることを設計の主題としました。

エントランスホール

デイサービスは特養とは異なり客をもてなすような雰囲気が重要と考えました。浴室には準天然温泉設備を設置し,勾配のある高い天井を設けることで,利用者に温泉気分を味わっていただくことも新しい試みです。
デイサービスから,ガラス張りの間仕切りを通して厨房の調理室が見えます。これはデイサービス利用者から食事を作っているところを見ることが出来るためもありますが,一般的に閉じこもった調理室で作業をする調理人の方や栄養士の方が,自分も介護に携わっている実感を持ってもらいたいとの思いで計画しました。

「人間関係のリズム」とユニットの形状
ユニット計画で特筆すべきは,居室の配置とそれによって形づくられる共同生活室や談話コーナー等の共用空間の形状です。大勢が集まるであろう場所には大きな窓を,一人や数人が集う場所には少し小さな腰窓を設け,天井にも起伏をつけることで,入居者が自分の「人間関係のリズム」に応じた居場所を選択できる場所がたくさんできるように設計をすすめました。中央に配置したキッチンよりスタッフからはユニットがおおよそ見渡せる一方で,利用者にとっては,自由に過ごしつつも,互いの存在を認め,時には言葉をかけあい,気を配る,そんな共同生活を可能にする共用空間が広がります。
また,ユニットの壁を雁行(ぎざぎざの形状)させることで,幅の広い廊下に一列に居室の扉が並んでいた従来型の施設とは異なり,利用者にとって住み慣れた住宅のスケールを実現しています。また,居室の入口の雰囲気が部屋ごとに異なることで,利用者が自分の部屋を認識し易くなりました。

感染症(ノロウイルス)対策
ノロウイルス感染症についての予防と対策は多くの機関から提唱されていますが,手洗い,消毒など運用面での対応がその主要なものであり,施設計画におけるハード面での検討は希薄になりがちでした。施主の保有施設においても以前よりノロウイルスの感染症については頭を悩ませる課題であり,今回の計画では「予防」と「感染後の対応」の2側面より建築的な対応について議論を重ね計画をすすめました。ここではその対策を紹介します。

①予防
ノロウイルスの感染経路はその大部分がショートステイの利用者からですが,面会の家族の方などの外部からの訪問者によるものも多少はあると考えられています。そこで,施設のエントランスである風除室に手洗いを設け,訪問者には必ず手洗いをしていただくこととしました。また,ユニットの入り口にも手洗いを設けることで外部からユニットへの経路に2重の手洗い対策を施しました。

②感染時
○居室の対応
居室よりでた吐瀉物・汚物等は共有スペースを通ることなく外部に出し,バルコニーから汚物置き場へ搬出できるように,居室をすべてバルコニーに面するように計画しました。

○汚物処理室・洗濯室の配置
汚物処理室・洗濯室で出た汚物やゴミは,平常時は一旦共用スペースを通り外部へ搬出されますが,感染時には直接外部へ出て,汚物置き場へ搬出できるように計画しました。

○ユニットの独立性の確保とスタッフ動線
感染時には感染したユニットを隔離し,他のユニットに感染しないようにすることが重要です。その際はスタッフも出来る限り感染の可能性のあるところを通らずにユニットへ入り,また,ユニット内での業務が終了した時についても他のエリアを経由せずに施設の外へ出ることが望まれます。よって今回の計画では,ユニットに隣接したワークルーム・ボランティア室(1階)と機械浴脱衣室(2F)を感染時のスタッフ更衣室として使用できるようにしました。スタッフは外部からユニット前のホールを経てこれらの部屋に入り,更衣してユニットに入るようになります。 また,ユニットが感染している際に,デイサービスが運営されることも想定されます。特養・ショートステイ部分をそれ以外の部分から隔離するため,平常時には使用しない隠し扉を設置しました。


○厨房の独立
今回の計画では後述のように各職種の職員の横のつながりを大切にしているため,厨房内に職員更衣室や休憩室を設けていませんが,感染時には厨房は完全に他の部署から独立し清潔を保つ必要があります。そこで,感染症発生時用の厨房職員更衣室・休憩室を設け直接外部から出入りできるようにしています。

○内装材の検討
ノロウイルスはアルコールでは滅菌されないため,次亜塩素酸ナトリウムを用いた消毒が必要です。次亜塩素酸ナトリウムの水溶液で木材などを拭くと木材が退色し変質することが知られています。よって,ユニット内部の床材は長尺塩ビシートとし,その他の部分についても次亜塩素酸ナトリウム水溶液によって変質しない材料を選定しています。また,掃除・消毒が容易に行えるよう巾木は床材巻き上げとしています。

○空気の流れの検討
ノロウイルスは吐瀉物や汚物等に多く含まれそれらから空気中に放出され経口感染することも重要な特性の一つです。そこで施設全体の中でユニットが負圧となり,ユニット間で空気の流通のない換気計画としています。

○ポータブル水洗トイレの採用
ポータブルトイレの使用は,使用後の汚物の処理と器具の洗浄を職員がする必要があり,オムツを使用するほどではないにしても利用者の自尊心を傷つけてしまうことになりがちです。
未だ製品化されていませんがTOTO株式会社がポータブル水洗トイレを開発中との情報をTOTOの営業の方が持ってきてくれました。利用者の自立支援や自尊心を如何にして傷つけないかと議論を重ねていた施主と私にとって,非常に可能性のある商品だと判断しました。そこで,施主と北九州市にあるTOTO本社を訪ね,試作品を見て今回の計画に導入するための様々な意見交換を行いました。自立して使用される方の動き,介助が必要な方のベッドとポータブルトイレの位置関係,片麻痺の方を介助するときのベッドとポータブルトイレの位置関係等,実際に介護をされる方と共に実機の可能性や問題点を話し合いました。
ポータブルトイレは施設に入られるすべての方が使用する可能性があります。よって,すべての特別養護老人ホームの各居室に2ヶ所(麻痺や体の状況によりベッドが移動する可能性を考慮に入れて)ポータブル水洗トイレを設置できるよう,配管を仕込むことにしました。
また,このポータブル水洗トイレは上記のノロウイルス等の感染症発生時にも汚物を居室内で流すことが可能なため,ショートステイにもすべての居室に1ヶ所,配管を仕込むことにしました。
この未発売の製品は未だ新築建物での採用例はなく,今回の計画で納入されれば日本で最初の新築物件での使用ということになります。改善が必要な点がいくつか出てくることも予想はされますが,このトイレが標準化されれば,日本の福祉施設にとって,排泄の概念を大きく変えることになる,と考えています。また,将来住宅に設置されることとなれば,福祉施設における排泄の概念同様,家族が介護をする在宅においても,排泄の概念をも変え,在宅の介護の在り方をも大きく変えることになると期待しています。

○さまざまな職種の職員同士のつながり
ユニットケアにおいては1人1人の利用者のことをさまざまな職種の職員が共通して理解し介護のプログラムを組み立てる必要があります。そこで,今回の施設では,事務室と厨房事務室を一体とし,休憩室を全体で1ヶ所にまとめるなど,可能な限り多くの職種の職員が自然に交流できるように計画をすすめました。

建築主
社会福祉法人 あそう
所在地
兵庫県豊岡市
用途
特別養護老人ホーム
構造
鉄骨造
階数
地上2階
敷地面積
2700.38㎡
延床面積
2306.82㎡
担当者
丸川景子