作品紹介Works

障害者

生活介護 障害福祉センターあらぐさ 増築

左手深草色の建物が増築棟

はじめに

 障害者通所事業所の活動室と地域交流スペースの増築計画です。既存建物では生活介護50名、就労継続支援B型10名の利用者が活動しています。計画の主目的は重度重複障害の方8名の活動室が手狭になっていたのを敷地内で増築移転し、環境を整備することで生活の質を向上することでした。

 私たちは知的障害者のすまいや働く場について日々の設計の中での取り組みをホームページやセミナーを通じて積極的に発信しています。今回の計画はホームページで弊社の取り組み内容を見てご相談をいただいたことからスタートしました。

 事業主であるあらぐさ福祉会は、どんなに障害が重くても生まれ育った地域で暮らしたい利用者とその親たちの願いを引き継ぎ、30年以上前から京都府長岡京市の地で障害者福祉に取り組んでこられました。(京都府の重心通所援護事業適用第1号)

 敷地は市街化調整区域で周りを竹林に囲まれており、朝夕は野鳥の活発なさえずりを聴くことができる環境にある一方で、敷地から大通りまで歩いて2分ほどで利便性もよい立地にあります。今回増築する活動室の利用者の多くは竹林を挟んで向かいにあるグループホームから通ってきます。増築建物の配置は既存建物との連絡や送迎動線、将来増築の為に残しておく残地の組合せを事業費を含めて比較シミュレーションし、決定しました。色は周囲の竹林と法人名の「あらぐさ」から連想した落ち着いた草色とし、伸びやかな風景に合わせてと緩やかな勾配屋根としています。

活動スペース 南に面したハイサイドライトから自然光が降り注ぐ

利用者が毎朝通う竹林の小道 右手奥が計画敷地

活動室入口からの全景 左手はスタッフゾーン

間仕切りを7枚全て開け放った状態

重度重複障害者の日中活動の場

 利用者は、常時医療的ケアが必要な方が2名おられ、寝たきりでリクライニング車いすを使われる方が大半のため、日常生活の多くの場面で介助が必要になります。また調子が日々変動することやてんかん、発作の方もおられますのできめ細かな見守りが必要になります。介助に必要な設備と見守りやすい空間を確保しながらも日中を過ごす場所としていかに生活の雰囲気を作り出していけるかが問われる計画でした。            

活動内容に応じて空間を分けつつ見守りやすい工夫

 支援にあたるスタッフの数は、利用者8名に対しボランティアの方を入れると6、7名と手厚いようですが、完全1対1まではいかないため、誰かの介助をしながらも同時に目線や雰囲気、音で周囲の利用者の体の緊張や呼吸の状態、発作、オムツ交換のタイミングを見守る必要があります。

 既存の活動室では食事や作業(野菜スタンプ、マーブリングやフェルトを使った創作)を行う活動の場と休養の場が一体でしたが、増築するにあたり空間を二つに分けました。ただし利用者が常にどちらかの空間にまとまっているわけではないので両方の空間を同時に見守りできるよう欄間部分は開放し、障子の間仕切りは7枚引きとし全面開け放てる計画としました。更に障子を閉めきった状態でも部分的に視線は通るように障子に2段分透明部分(アクリル板はめ込み)を設けています。これは、利用者の変化が見えるようにということもありますが、それぞれの場所にいるスタッフ同士が合図を送って連携しやすいことを考えています。

休憩スペースからの全景(リフト設置前)

間仕切りを開け放った状態 障子は7枚共袖壁に納まる

 車いす移動が基本の空間で障子による間仕切りを採用したのには二つ理由があります。一つは、7メートルを超える間口で簡易に操作できるメーカー規格品が無かったこと、もう一つは休養スペースに隣接しているので開閉の動作や音がなるべく小さく、生活の雰囲気に馴染むものを探していたことです。車いすをぶつけて破損する懸念については事前に説明し、車いすは基本スタッフが操作するので扱いに慣れてもらうことを前提に障子による上記のメリットも含めてご了解をいただきました。

リフト設置状況 取り回しが軽く、位置調節もしやすい二方向レールを採用

リフトと空間

 利用者は、一日の生活の中で平均6~8回移乗をします。送迎時の車いす~畳間の移乗で2回、活動・昼食・おやつの時間の畳から活動スペースへの往復で4~6回です。朝9時30分から16時までの間でこれらの移乗をリフトで行いますのでリフトの選定と取り回しに必要な寸法が空間の大枠を決定していくことになります。現在は天井にレールを仕込むことが不要な床走行リフトなど、様々な機種が発売されていますが、使う頻度が多いことと畳スペースでの細かい位置合わせのしやすさを考えて既存と同じ天井走行の二方向レール(XYレール)タイプのリフトを採用しました。二方向レールは使い勝手がよい反面、可動レールを飛ばせる距離に限界がある(メーカーにより5~7メートル程度の幅がある)ため、計画段階で活動室の大きさとの相性を考えて採否を決定します。

 休養スペース中央の通路は、リクライニング車いすからリフト移乗する横を車いすが余裕を持って通れることを目安に2.8メートルで計画しました。

 天井走行リフトを採用する場合、天井高が高くなりがちで生活する空間とのバランスが難しくなります。今回の計画では活動室の吹き抜けのある伸びやかな空間に対し、休養スペースは畳の小上がりを40センチ上げ畳上で2.3メートルの天井高にすることと、活動スペースとの間仕切りの障子高さを他の建具が2.1メートルに対し、1.9メートルに抑えることで空間のスケール感を調整しています。

休養スペース全景(写真はリフト設置前)

一人あたりの畳寸法は1,000×2,100mm

専用窓の詳細 網戸はプリーツ式

一人一人に合わせて環境を細かく調整できる畳スペース

 休養スペースは一人一人専用の畳とし、個別に天井直付けのカーテンで仕切れて、専用の収納、照明、コンセント、窓、小型換気扇(パイプファン)を備えています。利用者の頭側上部の収納は、スタッフが膝をついた状態で介助しながら取り出しやすい高さとし、扉には地震時に備えて耐震ラッチを設けています。クッション等頻繁に出し入れするものはオープン棚に入れる想定です。現在の利用者は8名ですが、今後10名まで増えても受入れができるよう畳スペースを準備しました。

 個別の窓は、季節のよい時期は開け放して風を感じられるほか、空調の時期でも障子越しに自然光の移り変わりを感じられることを考えました。窓からの暑さ寒さを考慮して障子は太鼓貼り(両面貼り)としています。

トイレ排泄介助と臭気対策

 排泄介助は食事介助や口腔ケアと違い、時間も頻度も一定でないため、それをどのような方法で行うかはスタッフの手間と利用者のプライバシーに大きく関わる重要なテーマです。 今回の計画では寝たきりの方と介助付きで立位、座位が取れる方に分け、寝たきりの方は排泄のタイミングを計るのが難しいため休養スペースでオムツ交換する計画です。
 トイレなど、別室に移動すれば臭いの対策は必要ありませんが、その場でオムツ交換をしますので完全な臭気対策は取れません。天井直付けのカーテンで個別に仕切り、利用者の頭側に個別の換気窓とパイプファンを設置して低い位置で空気の流れをつくることで臭いの拡大を抑える工夫をしています。将来的に、休養スペースにオゾン脱臭装置を追加できるよう壁高めの位置にコンセントを設置しています。

トイレ

 トイレ利用は介助付きで立位、座位が取れる方を想定し、立位式の床走行リフトが使える広さを確保しています。便器は片側に寄せていますが片マヒの方がいても介助に入れるよう壁から芯までの離隔を通常の45センチから70センチに拡げて計画しました。壁側には利用者の状態に応じて位置を変えたりスタッフが介助しながら身体をもたれかけさせることが可能な可動手すりを設置しています。また介助しながら着替えが取り出しやすい位置に収納を設け、扉をL型に加工し手がかけやすい工夫をしています。

感染症対策にも使える汚物処理室の通用口

リクライニング車いすが寄り付いて使いやすい形状と高さの手洗い

感染症対策

 汚物はトイレから活動室を通らず直接屋外へ運び出せる経路を設定しています。下着だけでなくシーツを部分的に洗うこともあるとのことで、通常の衛生陶器の汚物流しではなく、ステンレス製の深さ、広さ共にあるものを採用しました。

手洗い

 活動室の手洗いは主に口腔ケアでの利用を想定していますが、リクライニング車いすの方も介助付きで流水で手があらえるようシャワー付き水栓を採用しました。通常の車いす向け手洗いでは奥行きが足りないので、リクライニング車いすが横付けがしやすい形状の機器を選定し、チルトした時に膝が手洗い底面に当たらないよう床からあふれ面までの高さを標準より10センチ上げた85センチで設定しました。この高さは、スタッフにとっても腰を曲げずに使いやすい高さにもなっています。

避難計画

 平屋ですが、二方向避難を確保しています。一日の生活の中で食事時など活動スペースを主に使う時間と休養スペースにいる時間の二つの場面がある為、どちらの場合でも最短距離で屋外に避難できる計画です。建物規模が小さく、別棟増築のため建築基準法上は準耐火建築物でもよいのですが、自力避難が困難な利用者の安全に配慮して既存建物に合わせて耐火建築物としています。  

照明計画

 寝たきりやリクライニング車いすの生活では天井を見上げた状態が基本になるため、照明はまぶしさに配慮しています。方法は二つあり、一つは照射角度を絞った機器を採用すること、もう一つはパネル付きで光源が直接見えない機器を採用することです。いくつかのメーカーでサンプルを試しましたが、前者は真下から見上げるとまぶしいことは防げないため、後者のパネル付きを採用しました。休養スペースのダウンライトは利用者の状態、状況に合わせて個別に調光も可能としています。

 以上のように様々な検討を重ね、重度重複障害の方々の豊かな活動、心地よい生活と安心・安全な環境を、またスタッフにとって働きやすい環境づくりを目指して計画しました。
【清水大輔】

建築主
社会福祉法人あらぐさ福祉会
所在地
京都府長岡京市井ノ内広海道42-3
用途
知的障害者通所事業所
構造
鉄骨造
階数
平屋
敷地面積
2,486.67㎡
建築面積
253.06㎡
延床面積
272.45㎡
竣工年月
平成30年3月
担当者
相本正浩 , 清水大輔