作品紹介Works

障害者

社会福祉法人英芳会 千里みおつくしの杜 かしのみ寮改修工事

改修後 食堂(利用者30名エリア)


■計画概要

 社会福祉法人英芳会は1976年に設立された法人です。大阪府内で障害者支援施設・グループホーム・相談支援事業所などを運営されており、障害者への総合的な支援を行われています。
 今回工事を行ったのは、吹田市の万博公園に隣接した場所にある障害者支援施設千里みおつくしの杜です。建物のフロア構成は図1を参照下さい。
 工事内容は、1階かしのみ寮の改修工事と、地下1階日中活動室の増築工事です。工事の目的は、1階かしのみ寮で暮らされている障害特性の異なる利用者に合わせた暮らしの環境を再整備すること、地下1階に利用者の日々の生活のメリハリとなるお出掛け先として日中活動室をつくることです。

図1 建物のフロア構成



■暮らされている利用者の状況

 かしのみ寮に暮らされている40名の利用者を(Ⅰ)~(Ⅳ)に分けました。英芳会様とゆう建築設計とで設計打合せを重ねた結果としてこの分類となりました。

①こだわりが強く激しい問題行動がある利用者(Ⅰ)
 強度行動障害をもち自傷や他害やガラスを割る等の激しい問題行動があり、高齢や車椅子使用の利用者と暮らすことが難しい利用者2 名(内1 名は他の方と同じテーブルで食事ができません)。

②他人の私物にこだわりがある利用者(Ⅱ)
 他人の私物に興味があり、居室から勝手に物品を持ち出してしまう利用者11 名。

③高齢化及び身体機能が低下している利用者(Ⅲ)
 60 歳以上の高齢の利用者7 名。内、身体機能の低下が進行していて生活全般で身体的な支援が必要な利用者3 名。

④障害特性Ⅰ~Ⅲに当てはまらない利用者(Ⅳ)
 激しい問題行動や他人の私物へこだわりは少なく、高齢や車椅子使用の利用者を含めた、他者との集団での生活やグループでの日中活動をすることができる利用者約20 名。



■既存建物環境の問題点

かしのみ寮の既存建物の建築環境には下記の問題点がありました。改修前の平面図は図2を参照下さい。

①利用者が落ち着くことができない環境
 大きなフロア一体での多人数の生活であるため、他の利用者からの刺激・食事やおやつの刺激・支援員による刺激など、不穏な状態を引き起こすきっかけやストレスの原因となる刺激が多く、落ち着いた生活を送ることができない(特に障害特性Ⅰ・Ⅱの利用者)。

②動きや生活リズムの異なる利用者の混在
 比較的若くて動きの激しい利用者と、高齢の利用者が同じフロアに混在して住まわれているため、身体機能の低下した方と動きの激しい方の接触が原因の転倒事故等が起こっている。また、生活リズムに大きなズレがあり、一緒にいると落ち着いた生活が難しい。

③高齢・重度化による利用者の身体機能の低下
 長期入所されている利用者が高齢・重度化して身体機能が低下している(1 番高齢の方は75 歳で車椅子を使用されている)。10 年後には利用者の平均年齢が60 歳(2024年現在、53歳)を超え必要な身体的な支援の増加が予想される。

④生活に必要な物品が置けない
 居室内へ自由に出入りができるため一部の利用者が他人の居室の物品を持ち出してしまう。日常生活に必要な物品(TV や敷布団など)を居室に置くことができない。また、トイレットペーパーや衣類なども必要な場所に置くことができないため離れた場所までとりに行くことが支援員の負担となっている。

図2 改修前の平面図(①~④の建物環境の問題点があった)



■改修計画の提案

既存建物の建築環境の問題点を受けて、ゆう建築設計は下記の改修計画を提案しました。改修後の平面図は図3を参照下さい。

①利用者の特性によりエリアを住み分け
 様々な利用者が混在して一緒に暮らしていることで、接触による転倒事故が起こり、生活をするための私物を居室に置くことができない状況となり、利用者同士の対人トラブル回避のため支援員が見守りに時間を割かれて日中活動を行うことも難しくなっていました。多人数での生活が難しく、日中活動は単独で行う方が向いている利用者(障害特性Ⅰ・Ⅱ)と、集団での生活や活動を行うことが可能で他人の私物などへのこだわりも少ない利用者(障害特性Ⅲ・Ⅳ)を、2つのエリアに住み分けしました。

②居室の個室化
 集団生活が特に苦手な障害特性Ⅰ・Ⅱの利用者のエリアの居室は、落ち着いた生活環境を実現するため全て個室としました。

③男女区画の整備
 夜間は各エリアの男・女を扉で区画できるようにしました。男・女の区画内にそれぞれトイレを配置しました。

④高齢・重度化への対応
 居室出入口の段差解消、車椅子使用者用トイレの整備、介護用浴室の設置をしました。

図3 改修後の平面図(改修計画①~④を行った)



■改修前・後でどのように生活が変化したか

 竣工後に建物を訪問して生活の様子を見せて頂きました。改修前・後の生活の変化について以下に記載します。


○こだわりが強く激しい問題行動がある利用者が落ち着ける環境

 強度行動障害の状態になりやすい自閉症の利用者は、繊細で様々な刺激からの影響を受けやすい方が多いです。40名を超える大集団での生活は、ストレスや混乱の原因となる刺激が多すぎる生活単位でした。
 改修前は、生活エリアが広すぎて刺激を制御しきれないことがひとつの問題でした。食堂に行く時の経路が長く他の利用者や室内が見えて気が散る。広いデイルームはいろいろな利用者が出入りして落ち着かずストレスを感じてしまう。生活エリアが広いため支援員が忙しく動き回り、その動きが目に留まり落ち着かない。利用者にとっては、必要以上に刺激が多い環境でした。
 改修後は、エリアを2つに分けることで刺激を減らすことができました。個室対応エリア(強度行動障害の状態になりやすい自閉症の利用者が多く住まわれるエリア)の生活単位を13名と小規模化+個室化したことで、混乱の原因となる人からの刺激が少なくなりました。また、個室対応エリアは支援員が動き回ることなく共用部全体の見守りができる計画としています。
 居室・デイルーム・食堂・トイレ・浴室・洗面の機能を1箇所ずつにまとめたことも、利用者にとっては分かりやすい配置計画となりました。

上 改修後 居室内(利用者13名 個室対応エリア)
下 改修後 居室前廊下(利用者13名 個室対応エリア)


○食事準備中の利用者のイライラを解消、閉鎖型食堂で余裕がもてる食事時間に

 食事やおやつは利用者の方にとって一番の楽しみです。
 強度行動障害の状態になりやすい利用者は待つことが苦手な方が多いです。
 改修前は、運ばれてきた食事・おやつが目に入ると、盛り付けや配膳が行われている時間中はずっと準備室の前で5~6人の利用者が中を覗き込んで待っている状態でした。この時間中には、食べることができないイライラから利用者同士のトラブルも起こっていました。
 改修後は、個室対応エリアには食事・おやつを利用者の目の前を通過することなく食堂へ運ぶことが可能な動線を確保しました。利用者の目にふれないことで、イライラしながら待つ時間がなくなりました。今では支援員の声掛けで食事・おやつの時間を知ることが習慣となり、準備中のトラブルがなくなりました。改修前後の平面図は図4を参照下さい。

 改修前の食堂は、廊下と一体となった開放型の食堂でした。利用者全員が同じタイミングで食事をしていました。見守り・配膳・食事介助が同時並行で進行しており支援員は忙しく余裕のない状況となっていました。
 改修後の個室対応エリアの食堂は、廊下とは扉で区切った閉鎖型の食堂としています。食事を2交代制として、同時に食事を行う人数は6名とすることで支援員の見守りに余裕が生まれました。食事介助が必要な、喉詰めリスクがある利用者も時間で分散することができて食事介助の負担が軽減されました。1人の利用者が1つの専用の机で食事をする環境を整備したことで、他の利用者からの刺激や干渉も少なくなり、利用者は自分のペースで落ち着いて食事ができています。

図4 上:改修前 平面図(開放型の食堂)
 下:改修後 平面図(閉鎖型の食堂)

上 改修前 開放型の食堂
下 改修後 閉鎖型の食堂


○支援員室前の利用者の人溜まりを解消

 支援員室は、利用者からは室内が見えない方が良い部屋のひとつです。利用者の中には、支援員の動きを生活スケジュールの手掛かりにしている方が多くいます。
 改修前は、支援員室がガラス窓となっていたため、中の様子が気になって部屋の周囲に立っている利用者が多くいました。改修後は、支援員室のガラス窓を撤去しました。
 中が見えなくなったことで利用者は室内を気にすることがなくなり、支援員室の前に利用者が立つ習慣はなくなりました。改修前後の平面図は図5を参照下さい。

図5 左 改修前 支援員室(ガラス窓)
右 改修後 支援員室(壁)  


○利用者特性に合わせた物の出し入れに便利な収納

 居室はその人に合わせた暮らしの環境を作りやすい場所です。
 居室内に物を出しておける利用者がいる一方で、物を出しておくことが苦手な利用者もいます。そのような利用者も一時的であれば物を出すことが可能な場合があります。
 例えば、就寝時に布団を敷く(起床後に布団が不要になれば片付ける)。自立訓練課題をする時に机・椅子を出す(課題が終われば片付ける)。その時の動作や活動に必要な物は一時的に出すことが可能な場合があります。 今回の計画では、居室内及び居室の周辺に収納スペースを多数設けました。利用者の活動や生活に使うもので、出したままにしておくことの難しい物品が収納されています。
 この収納は、支援員にとって便利であると同時に、利用者にとっては準備の待ち時間短縮によるストレス軽減や活動内容の充実につながっています。

上 改修後 平面図(居室収納及び周辺収納)
下左 改修後 居室収納  下右 改修後 周辺収納


○高齢・重度化への対応

 開設から36年が経過しており、高齢化及び身体機能が低下している利用者が増加してきています。
 改修前は、居室内に段差がある、車椅子使用者に対応した手摺が設置されたトイレがない、集団浴室か仰臥位機械浴室のどちらかしかない、という問題がありました。
 改修後は、居室内の段差は全て撤去してフラットとし、車椅子使用者に対応した手摺が設置された広いトイレを増設しました。車椅子を使用している利用者も使いやすい居室とトイレになりました。浴室は、介護用浴室(手摺やリフト後付け可能)を設置しました。段差のある既存の大浴室での入浴に不安がある利用者にとって、安心して使用できる浴室として活用されています。洗面所には口腔ケアの際に利用者が座ることができる固定の造り付け椅子を設置しました。

上 改修前(左)・後(右) 居室の段差を解消
中 改修前(左)・後(右) トイレを車椅子使用者に対応
 下 改修前(左)・後(右) 洗面所の固定椅子



■利用者の生活の変化を具体的にヒアリング

 特に対応が必要だった、個室対応エリアで暮らされている3名の利用者(Aさん、Bさん、Cさん)について 改修前・後での生活の様子の変化をヒアリングしました。

①落ち着いた生活維持し、意図の伝達の幅も増えたAさん
 改修前は他の利用者や職員に1日数回の頭突きをしていましたが、改修後は1ヶ月に数回に減少ました。生活単位が13名の小規模に変わったことで、他の利用者からの刺激が軽減され、人に起因するストレスのイライラが減少したこが原因だと考えられます。
 改修前は、欲しい飲み物の種類を支援員に伝えることができませんでしたが、改修後は落ち着ける環境となったことで余裕が生まれ「カルピスを飲みたい。」と支援員に自分の言葉で伝えることができるようになりました。環境整備によりトラブルが減少して落ち着いた状態を維持できるようになり、自分の意思の伝達を含めたコミュニケーションの幅も増えました。
 食事と自立訓練課題は、個室の専用コーナーで行っており、周りの利用者が目に入らない落ち着いた環境で集中できています。

②過飲水の症状が緩和され長期入院が無くなったBさん
 改修前は、7~8月は過飲水の症状が現れ(”1日”で体重が7~8kg増減)イライラやトラブルが頻発して、施設での生活が非常に困難になり長期入院をせざるを得ない状況でした。入院時は器物破損を防止するため拘束が必要となっていました。
 改修後は、7~8月にも長期入院をすることなく過ごすことができました。生活単位の小規模化による対人ストレスの軽減と、広すぎた生活エリアが限定されたことで分かり易い環境となったことにより、過飲水の症状が減少し(”1ヶ月”で体重が5kg増減)イライラやトラブルの頻度も減少して、落ち着いた状態での生活を通年で維持することができています。
 改修前は、おやつの待ち時間には自立訓練課題をおこなっていましたが、改修後はタブレットを見たり音楽を聴いたりしながら過ごされています。

③他人の部屋の物への興味がおさまってきたCさん
 改修前は、他人の部屋の物を勝手に持ち出すことが多くありました。改修後は、個室対応エリアに移ったことで落ち着いて生活できる環境となり、他人の部屋に勝手に入ることや物を持ち出す頻度が大幅に減少しました。
 他の利用者からの刺激にも敏感であるため、他人からの刺激に疲れてしまった時には個室で落ち着いて過ごされています。
 自立訓練課題は居室で午前中に行っています。課題に取り組む時には室内の収納から机と椅子を支援員が取り出しています。常時、室内に机・椅子を置くことは難しいですが、一時的にでも居室内に置くことができるものが増えることで、その人らしい部屋づくりの一歩になればと考えています。


■お出掛け先としての日中活動室(くるみの家)

 日常のメリハリのためのお出掛け先として、日中活動室(くるみの家)を既存建物のピロティ部分に増築しました。バリアフリー対応として玄関アプローチのスロープや車椅子使用者対応のトイレを整備しています。
 毎週火曜日には、食事作りや創作活動などに活用されています。また、毎月1回はボランティアの方を招いて生け花や太鼓教室、ノルディックウォーキング、モノ作りワークショップ、音楽教室の活動も行われています。

上 増築 日中活動室(くるみの家) 玄関
下 増築 日中活動室(くるみの家) 生け花教室の様子

建築主
社会福祉法人英芳会
所在地
大阪府吹田市
用途
障害者支援施設
構造
鉄筋コンクリート造
階数
地下1階、地上3階建て
敷地面積
3,738.06㎡
建築面積
1,709.41㎡
延床面積
改修:1,219.10㎡
増築:127.56㎡
竣工年月
2024年3月
担当者
岩﨑直子 , 近藤晃史